人間国宝の作品

人間国宝の作品の出張鑑定買取はご相談ください。福岡久留米北九州 糟屋 宗像 古賀 太宰府 筑紫野 春日市など無料出張鑑定致します。お気軽にお問い合わせください。受付年中無休 ホームページはコチラです。

2020年05月

◎コロナウイルスの猛威が少しおさまった福岡ではありますが
今回、骨董品買取で福岡市城南区へ出張査定に伺いました。
そこには作家物の陶磁器工芸品などの古い物が大切に保管されていました。
時間をかけ査定して見積もりをさせて頂いた中に写真の唐津焼のグイ呑みがありました。
浜本洋好さんの作品でした。
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浜本洋好さんの作品は岸岳の山すそ、古窯跡が点在する北波多稗田で三里窯を主催しております。1938年に唐津市で生まれ、高校卒業後10年間ほどは市内の土木建築会社で働いていました。その間、骨董好きの知人の縁で唐津焼の魅力に引き込まれ、いつしか自身も修行の道へ。恵日窯、大杉皿屋窯で13年間の修行の後、独立して窯を築きました。 その際に造ったのが400年前の古唐津と同じ「割竹式」の登り窯。火の回りが速く扱いが難しい反面、強く速い炎により初期唐津に近い焼き色が出せるといいます。
そして何よりこの場所に窯を開く拠り所になったのは、岸岳特有の粒子の粗い砂目の粘土。さらにその土に合う藁灰釉を求めて試作を繰り返した結果、浜本さん独特の深い味わいを持つ「斑唐津」が生まれました。

骨董品買取の福岡玄燈舎では唐津焼買取ります。お気軽にお問い合わせください。受付年中無休 
電話050-3569-2100

◎福岡市中央区より骨董品や古美術品を処分したいとのことで出張見積査定に出かけました。
お茶道具や釜、鉄瓶などに交じって写真の燭台もありました。
鍋島焼ということでした。とても状態もよく染付の色も鮮やかな磁器でした。

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燭台とは蝋燭をともす灯火具です。木,銅,青銅,真鍮,陶器製のものが多いようですね。日本では鎌倉時代の末期に中国からろうそくが輸入されるとともに,寺社などで使われはじめたものと思われ,室町時代には,茶会の式法で香炉,花瓶とともに三具足 (みつぐそく) の一つとして,仏画の掛物の前に供えることが盛んになりました。江戸時代には行灯 (あんどん) とともに一般化し,手に持つ手燭もできます。西洋では前3世紀には蝋燭が存在したものと思われ,ローマ時代には燭台も使用されていました。しかしろうそくの使用が盛んになったのは中世 (特にキリスト教会) からで,鉄,銅,青銅製の燭台が多いです。ルネサンス期に入ると,多数のろうそくをともすキャンディレブラム (板状の燭台) が生れ,17~18世紀の宮廷社会では銀製のほか,装飾を施した陶器やブロンズ製の燭台が,バロックやロココ様式で製作されるようになりました。現在はほとんど室内の装飾や祭礼用に用いられています。 
アンティークの燭台などはインテリアにもなってとてもおしゃれな古道具です。
骨董品買取の福岡玄燈舎では燭台を買取します。お気軽にお問い合わせください。受付年中無休
電話050-3569-2100



福岡市東区の中国古美術品コレクターのお宅より写真の紫檀と青磁の煙草盆セットを査定買取いたしました。古手の紫檀の入れ物に古い唐物青磁です。

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喫煙に必要な火入れ、灰落し、たばこ入れ、きせるなどをひとつにまとめたたばこ盆は、刻みたばこの喫煙に便利なようにと改良され、機能的に優れたものとなっていきました。盆形以外に箱形のものも作られるなど、さまざまな意匠が考えられ、なかには、装飾的な調度品として、蒔絵(まきえ)が施された美しいものも見られます。
煙草盆は、利休の時代には茶席では使われておらず、江戸時代に入り宗旦・遠州・宗和あたりから好み物の煙草盆が登場し、江戸後期に莨盆一具が茶事の道具として一般的になったといいます。 煙草盆は、形はさまざまで、大別して手付と手無に分けられます。 煙草盆は、唐物には蒟醤・青貝・漆器・藤組など、和物には唐木・漆器・木地・一閑張・篭などがあります。煙草盆は、大名好みのものは、飾り金具、塗蒔絵、透し彫り、唐木彫りなどの等手の込んだ細工物が多いのに対し、茶人好みは桐や桑等の木地で形も簡単なものがほとんどです。
骨董品買取の福岡玄燈舎では煙草盆や火入れを買取致します。お気軽にお問い合わせください。受付年中無休 電話050-3569-2100

●明治期の古九谷を買取致しました。
とても綺麗で薄造りの5寸皿です。絵付け厚めで高級感がある骨董品の焼物です。
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九谷焼は石川県加賀地方で生産される陶磁器です。多色の絵が描かれる上絵付けが持ち味で豪快で濶達な線書きの上に、緑、黄、赤、紫、紺青の五彩で施される和絵具の重厚な輝きが美しい焼物です。窯ごとに独自の画風があり、古九谷の「青手」や、宮本屋窯の「赤絵細描」などは特徴的です。また、明治時代にかけて登場した金襴手 (きんらんで) という技法が一斉を風靡し「ジャパンクタニ」の名で世界的にも有名になりました。17世紀半ばの江戸時代前期に始まり、大らかさときらびやかさを合わせ持つ独特の力強い様式美を作り上げましたが、17世紀末に突然作られなくなった (それまでの九谷焼を「古九谷」と呼ぶ) 。その後、1800年頃に再興(「再興九谷」)します。
骨董品買取の福岡玄燈舎は九谷焼を買取致します。お気軽にお問い合わせください。
受付年中無休 電話050-3569-2100


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